あの空の彼方に

長い間封印していた想いが突然復活してしまった、、。消し忘れた想いについて、こっそり書き留めるブログです。

樂毅 part2

「樂毅」を買ってきて読んでるの~。とメールに書いたら。彼からはこんな返事がきた。


「樂毅という名は、中学生時分に知りました。「隗より始めよ」の故事、それから、諸葛亮が、自らを「管仲、樂毅に比す」なんて、三国志にありましてね。同時期、夏侯玄の「樂毅論」を、王義之が書写してたってのも知ります。当時の僕としては、「名将樂毅」よりも、王義之の書に興味がありまして。まぁ、今も、割とそうですけど。あ、中学生の時に読んだ三国志は、吉川英治氏のものでした。」
「王義之書の樂毅論は、「小楷」、つまり、小字の楷書で書いたもの。例によって、真蹟は伝わっておらず(直接、石に書いた、なんて話もあるみたいですが)、拓本があるだけです。小楷を刻むのは、それが石材であれ木材であれ、容易ならざることですから、刻み方一つで、随分と印象が異なるものにもなるそうです。正倉院は、光明皇后筆と伝わる樂毅論の臨書を所蔵していますが、その手本となった書は、現在では、失われているようで、大変、残念です。」


彼は、中学生の時に、すでに樂毅を知ってたのね、、。
私なんて、ついこの前、彼に教えてもらうまでこんな人全然知らなかったんだけど。


それはともかく。
彼とこんな話をしていると、高校一年生の頃、彼と出会ったばかりの頃の事を鮮明に思い出す。


彼って漢詩が大好きだったし。
書道がすごく得意で、字がきれいで。
書を鑑賞するのも大好きで、美しい書の話もしてくれて。


高校生になるまで、こんな人と出会った事はなく。
彼の話が何もかも新鮮で、すごく彼に惹かれた。


そんな頃の記憶がよみがえって。
しかも、その時の自分の気持ちまでよみがえってきてしまう。


こんないい年のおばちゃんになってるのにね。


お互い見た目はかなり変わっちゃってると思うのだけれど。
彼の本質的なところは何も変わってないんだなあ。
高校生の頃と変わらず、ずっとずっと私にとっては憧れの人だなあ、、と。


彼の言葉にいちいちドキドキしてしまう私も、相変わらずだったりする。


今週の月曜日。気持ちがどんよりしてて泣きながらメールを送ったら、火曜日の朝にすぐメールをくれたんだけど。
その返事に『樂毅』の事を書いたせいか、それとも私の様子を気にしてくれたせいか、水曜日にすぐまた返事をくれた。
ここのところ、ずっと週末に一回しかメールくれなかったのに。
今週はたくさんメールをくれたのがすごく嬉しい。
しばらくメールのネタに困らないように。彼のおすすめ本の読書、続けようっと。