あの空の彼方に

長い間封印していた想いが突然復活してしまった、、。消し忘れた想いについて、こっそり書き留めるブログです。

あかねさす

「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」   額田王
「紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも」 大海人皇子


私の大好きな、万葉集の歌、二首。


大海人皇子(天武天皇)と結婚していたのに別れて、その後、中大兄皇子(天智天皇)の寵愛を受けていた、と言うのが定説の額田王。
まあ古い時代の、しかも女性の事。
確証は何もないらしい。
上記二首の歌も、宴の座興として詠まれたのではないか、という説もあるそうだけれど。


でもこの愛のこもった美しい歌は、座興とは思えないなあ。私は。


兄弟の間で揺れ動く微妙な恋心を歌った額田王。
今は手の届かない存在になってしまった彼女を、それでも恋する大海人皇子。そんな激しい恋の歌を読んでいると、遠い昔も今も、人を恋する気持ちってそんなに変わらないんじゃないかな?と思う。


この前、彼に書いたメールの中に、この額田王の話をちょこっと書いた。


「いろんな解説を読んでいて、“その頃少なく見積もっても40歳近くなっていたと思われる額田王が、こんな恋の歌を本気でやりとりしてるはずがない!”って言い切ってる文章とかを見て。
40歳に近いくらいで、お婆さん扱い??ってすごく腹が立ちました。まあ、、時代が違うとは思いますけど。でもねえ、、。
あの大海人皇子との歌は、本気の恋愛の歌と思った方がロマンチックで良いのにな、、って思ったりしています。本気に違いない!と勝手に妄想して楽しんでいます。」
と書いたら。


彼からの返事にはこんな風に書いてくれていた。


「あの時代なら、平均寿命、30歳代くらいじゃないのかな。尤も、平均だけで語っちゃぁいけない。分散も大きかったはずです。長生きする人は60、70と、つまり、平均の倍くらい、生きたわけですから。今の平均寿命の倍以上を生きるというのは、現代の医療技術をもってしても、不可能でしょう。例のトーマスパーだって、152歳で亡くなったそうですし。今の感覚だと、50代前半くらいかなぁ、と、僕などは思います。それくらいだと、ちっとも老けない人、いますし。……、同年代か。
 > > あの大海人皇子との歌は、本気の恋愛の歌と思った方がロマンチックで良いのにな、、って思ったりしています。
 それで、いいんじゃないかな。藤原定家の例もあることですし。」


本気の恋愛の歌、と思って良いんじゃないかな。と。彼も同意してくれた。
彼も結構ロマンチストなんだな。。となんだか嬉しい。
今の感覚でいうと、この歌の頃の額田王は、50代くらい?同年代かも。
ちっとも老けない人かあ、、確かにいるね。いろんなお友達の顔が頭に浮かんだりした。


美しくて賢くてモテモテだった額田王を。
自分にたとえるなんて、そんな恐れ多いことはできないけど。
でも、この歌の気持ちはちょっとわかるなあ、、なんて思ったりする。
そして、自分もこんな気持ちだ、、って。妄想したらすごく楽しい。


Yoshinoさんが書いてくれてたみたいに。
この次の逢瀬では、また思いっきり袖を振ってみよう!