あの空の彼方に

長い間封印していた想いが突然復活してしまった、、。消し忘れた想いについて、こっそり書き留めるブログです。

いまひとたびの

メールが来ないまま今日で12日め。もうあとちょっとで2週間になる。


絶賛凹み中な私。でもまあ、9月半ばから10月半ばまで、一か月メールなく放置された事もあるので、、ま、そんな時もあるかも。
でも、その一か月放置の後は、結構忙しくても一週間に一回はメールくれてたのになあ。毎日くれてた時もあったのに。彼のペースがよくわからない。
まあ、それでも何もなければいいんだけど。わんちゃんに何かあったのかなあ、、とか。ご両親の体調はどうなんだろう。本人が風邪こじらせた?とか、いろいろ心配でしょうがない。


先週、月曜と木曜に、サラッとした短いメールを送ってみたんだけどなしのつぶて。お~い!生きてる??って聞きたいよ~。


8月に会った時に、忙しいと思うからメールの返事は気にしなくていいからね、、なんて言っちゃったし。返事を要求するような事はできないからなあ。それで自分ひとりでぐるぐる考えて落ち込んじゃうしかない私。しょうがないな。


しかたないので、大好きな百人一首や古今和歌集の解説本を読んだりして心を落ち着かせている。
じっくり読んでると、本当に平安時代も今も、人を恋する気持ちって一緒なんだなあ、、ってしみじみ思ってしまう。こんなに便利な世の中になっていても、人の気持ちがままならないなんて、、想いが一緒なんて、なんだか不思議なくらいだ。
昔の恋の歌を読んでいると共感できるものがいっぱいある。


20歳の時に、彼が私宛の手紙に書いてくれた短歌はこんなだった。
「夕暮れは 雲のはたてに 物ぞ思ふ 天つ空なる 人を恋ふとて」
詠み人知らずの歌。この歌の意味に気づかずスルーしてしまった私って本当にバカだったと思う。一生の不覚。取り戻せないことだけど、できればこの手紙をもらった時に戻りたいなあ、、って。何度も思って涙した。でもどうしようもないんだよね。


私が去年の5月に、彼宛に、30数年ぶりに書いた手紙の最後に、私も返歌を書いた。
「名にしおはば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」
在原業平が、隅田川のほとりで詠んだ歌。ちょうど私の気持ちにぴったりだったので。今さら返歌なんて遅すぎなんだけどね。


好きすぎてつらい。もう逢えないんじゃないかな。もう連絡がこなくなってしまうのじゃないかな、、なんて不安感でいっぱいな時に。
平安時代の和歌を読んでいると少しは気持ちが落ち着いてくるなあ、、って思う。あまりにも共感する和歌が多いから。


今の気持ちは、和泉式部の歌かな。
「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな」
このまま片想いのまま恋をあきらめなくちゃならないとしても、もう一回だけは逢いたい。せめてもう一回は逢って話ができれば、、。和泉式部のように死の床にあるわけじゃないんだけどね。でも、もう一回どうしても逢いたい、、と思う気持ちは同じじゃないかな。不自由な恋をしていて、距離も離れている私にとっては、逢うという事が本当に大変な事なので、、。


そんな事を想いながら、何度もこんな歌を読み返してしまう今の私だ。


「逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし 」とも思うんだけどね。