あの空の彼方に

長い間封印していた想いが突然復活してしまった、、。消し忘れた想いについて、こっそり書き留めるブログです。

樂毅 part3

ちょっとしつこいけど、樂毅の話、part3です。


『樂毅』なんて人全然知らなかったし。読み始めは、複雑な中国人の名前に??と、わからなくなって。ページを戻って「この人誰だっけ?」みたいな感じだったんだけど。
途中から、すご~く面白くなってきて、どんどん小説の世界に入り込んじゃった。


中山国滅亡のくだりなんかは、もう読みながらぽろぽろ涙がこぼれちゃって。鼻をすすりながら読んでいた。


もともと、三国志の諸葛孔明とか、銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーとか。軍師っぽい人のストーリーは大好きで。
だいたい、私の好みは頭のいい人、なんだよね。まず一番好きなポイントは、頭の良さ。
なので、歴史上の人物やフィクション世界の人でも、作戦を立てる人が好き。
私はアホなので、全然作戦を立てられないので。まあ、突撃部隊ですね。歩兵。


彼も、いろんなところ好きだけど、やっぱり最初に惹かれたポイントは、彼の頭の良さ。そして、いろんな事を知っていて、私に教えてくれるところ。
そんなところに、すご~く惹かれた。


私が旦那が好きになったポイントも、やっぱり頭の良さなんだけど。


ま、それはさておき。


4巻全部読み終えて、彼にまたメールした。
中山国滅亡のくだりでは、ぼろぼろ泣いちゃったよ~。。なんて書いて。


そしたら、彼の返事はこんな感じだった。
「樂毅が、果たして中山の臣であったか? は、実は、解っていないそうです。その前歴は、謎に包まれている……、ってね。ただ、中山滅亡後、趙、魏と移ったことは確かなようですから、ありそうな話、ではあるわけですね。」


え?うそ~!!マジで??
あんなに入れ込んでぼろぼろ泣いちゃったんだけど。樂毅が中山国の臣だったかは謎なの?
そうだったんだあ、、。私、宮城谷昌光さんの思うつぼにはまってたわけね。笑


まあ、そりゃ、紀元前200年とか300年とか、そのあたりの話なんだから、細かい事はわかるはずもなく。そりゃ創作だわよね。
でもその創作に思いっきりはまって楽しめたんだから、ま、いいか~。


もともと西洋かぶれの私は、ここのところもっぱらイギリスやドイツが舞台のミステリー作品をよく読んでいたのに。
突然中国が舞台の時代小説を、夢中になって読んでいるもんだから。
旦那はちょっと不審に思ったらしい。


そんな旦那なんだけど、私があんまり嬉しそうに宮城谷作品を読んでいるから、この前図書館に行ったついでに、宮城谷さんの『呉漢』を借りてきてくれた。
本当は、彼がお勧めの『晏子』を、次に読んでみようと思ってたんだけど。
せっかく旦那が借りてきてくれたので、とりあえず『呉漢』を先に読んでみようかな、、って思ってる。(やっぱり旦那の好意にも配慮しなくちゃね。)


呉漢は、樂毅よりちょっと後の話。
晏子は樂毅よりちょっと前の話で。
時代背景が私の頭の中でぐちゃぐちゃになってきたので。
岩波新書の中国史の本を買ってきて、それを傍らに置きつつ本を読んでいる。
今頃になって中国史をまた勉強する事になろうとは、、。


でもちょっと楽しい。




樂毅 part2

「樂毅」を買ってきて読んでるの~。とメールに書いたら。彼からはこんな返事がきた。


「樂毅という名は、中学生時分に知りました。「隗より始めよ」の故事、それから、諸葛亮が、自らを「管仲、樂毅に比す」なんて、三国志にありましてね。同時期、夏侯玄の「樂毅論」を、王義之が書写してたってのも知ります。当時の僕としては、「名将樂毅」よりも、王義之の書に興味がありまして。まぁ、今も、割とそうですけど。あ、中学生の時に読んだ三国志は、吉川英治氏のものでした。」
「王義之書の樂毅論は、「小楷」、つまり、小字の楷書で書いたもの。例によって、真蹟は伝わっておらず(直接、石に書いた、なんて話もあるみたいですが)、拓本があるだけです。小楷を刻むのは、それが石材であれ木材であれ、容易ならざることですから、刻み方一つで、随分と印象が異なるものにもなるそうです。正倉院は、光明皇后筆と伝わる樂毅論の臨書を所蔵していますが、その手本となった書は、現在では、失われているようで、大変、残念です。」


彼は、中学生の時に、すでに樂毅を知ってたのね、、。
私なんて、ついこの前、彼に教えてもらうまでこんな人全然知らなかったんだけど。


それはともかく。
彼とこんな話をしていると、高校一年生の頃、彼と出会ったばかりの頃の事を鮮明に思い出す。


彼って漢詩が大好きだったし。
書道がすごく得意で、字がきれいで。
書を鑑賞するのも大好きで、美しい書の話もしてくれて。


高校生になるまで、こんな人と出会った事はなく。
彼の話が何もかも新鮮で、すごく彼に惹かれた。


そんな頃の記憶がよみがえって。
しかも、その時の自分の気持ちまでよみがえってきてしまう。


こんないい年のおばちゃんになってるのにね。


お互い見た目はかなり変わっちゃってると思うのだけれど。
彼の本質的なところは何も変わってないんだなあ。
高校生の頃と変わらず、ずっとずっと私にとっては憧れの人だなあ、、と。


彼の言葉にいちいちドキドキしてしまう私も、相変わらずだったりする。


今週の月曜日。気持ちがどんよりしてて泣きながらメールを送ったら、火曜日の朝にすぐメールをくれたんだけど。
その返事に『樂毅』の事を書いたせいか、それとも私の様子を気にしてくれたせいか、水曜日にすぐまた返事をくれた。
ここのところ、ずっと週末に一回しかメールくれなかったのに。
今週はたくさんメールをくれたのがすごく嬉しい。
しばらくメールのネタに困らないように。彼のおすすめ本の読書、続けようっと。


樂毅

楽毅〈1〉 (新潮文庫)
楽毅〈1〉 (新潮文庫)
新潮社

以前、彼が好きと言っていた本。この前ようやく買ってきた。
4巻本なのに、うっかり3巻までしか買えなかったけど。とりあえず、まずは3巻まで読んでから、4巻もまた探そうって事で。
1巻から読み始めた。


中国の歴史小説で、樂毅の生きた時代は、紀元前300年~200年、そのくらい遠い遠い昔の事。想像もつかない昔。
そんな昔でも、中国にはこれだけの文化があったのね、、などと思いつつ、読み進めてる。


中国の古い時代の話。
私の中では、彼の思い出と重なるところが大きい。


彼と初めて出会った高校1年生の頃。
彼が、杜甫の詩が好き、、と教えてくれて。


彼が大好きだった私は、一生懸命、彼に教えてもらった杜甫の春望を暗唱した。


「国破れて山河あり、城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」


もうだいぶんいろんな事を忘れちゃったけど、今でも春望は、たまに思い出して、心の中で口ずさんだりする。
彼、その頃、中国の歴史や、漢詩が好きだったんだよね。


だから、私の中では、いつまでも彼と中国が、どこかでつながってて。


大学生の時に、初めて友達と中国を旅行したんだけれど。
その時、中国で、掛け軸を見たり、硯を見たり、お寺を見たり、いろんなものを見るたびに、彼の事を思い出していた。
そんな事も、今、ふと懐かしく思いだしてしまう。


私の中で、彼のイメージは、そんな感じだったから。
彼ってきっと、古典か歴史の先生、もしくは書道の先生になってるんじゃないかな?って思ってた。


全然違う道に進んでいたので、びっくり。
私って、彼のある一面しか見てなかったのかな?高校時代の私って視野が狭かったかも、、なんて。今頃そんな事を思ったりする。


まあ、今もそんなに視野が広いとは言えませんが。


彼って、私が思っているよりもずっと懐の広い人だったんだなあ、、ってしみじみ。
そんな事も思いながらの読書。なかなか楽しい。