あの空の彼方に

長い間封印していた想いが突然復活してしまった、、。消し忘れた想いについて、こっそり書き留めるブログです。

わが思ふ人は、、

「名にしおはば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと(在原業平)」
古今和歌集に載っているこの歌が、私は大好き。


去年の春、彼に30数年ぶりに手紙を書いた時に、最後にこの歌を書いた。
「名にしおはば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」


彼が、20歳の時に私に送ってくれた歌の返歌として。


在原業平が、東下りして、都に残してきた恋人を想って詠んだ歌。
詠んだとされている場所は、比較的私の住む場所から近いので。
時々そこを通りかかると、この歌を思い浮かべて、彼の事を想ったりしてる。


この前のメールに、「その場所を通ると、いつもこの歌を思い浮かべるんです。」って書いた。
この歌を思い浮かべて、、そして貴方の事を想ってるって、、言いたかったけど。そこまでは書かず、ただ、その歌を思い浮かべてるって事だけ書いた。


彼の返事にちょっと笑っちゃった。


 “業平さん、貫之さんに「その心あまりて、ことばたらず」なんて言われてしまってますが、この歌も、これだけだと、「都鳥」が何なのか判んない。長めの詞書を読んで、やっと、事情が呑み込めるってところでしょう。当時の都落ち(?)の悲愴感が如何許りであったか、僕の理解を超えますが、「旦那方、いい加減、舟、乗ってくださいよ、日が暮れちまいますぜ」「あれ、何て鳥?」「……、都鳥っすよ」なんて遣り取りしてるなんて、何と言いますか、このちぐはぐ感が、僕には、却って、ユーモラスにも思えます。歌の割に、随分と、余裕あるじゃねぇか、って。”


え?そっち??って。ちょっと肩すかしな感想。笑


確かに。この歌の前に、この歌の説明の詞書がちょっと長めに書かれてて。そこでの船頭さんとのやりとりがちょっとユーモラスとも言えるんだけど。


彼ってば、都に残した恋人を想って詠む在原業平の寂しい気持ち、よりも。船頭のイライラする気持ちに注目してるわけね。


都を離れて遠く、未開の地である東の果てに追いやられて、寂しく悲しい絶望感に襲われつつ、都に残してきた恋人を想う悲しい歌なんだけど。
そのロマンチックで愛に溢れてて悲しい部分には着目してくれないわけね。


恋心のわからん奴め。


それとも、私の気持ちをスルーするためにとぼけてるのかな?